本稿の課題は、「現在の社会学における社会調査の位置づけ・枠組みを決定したと目される戦後の約20年の間に、日本の社会学的認識空間にどのような変化が生じたのか」1 という問いを、個別研究領域である家族社会学の場合について具体的に検討することにある。家族社会学にとって、この課題設定は魅力的で重要なものである。それは、わが国の家族社会学が1990年以降、構築主義的研究やエスノメソドロジーの会話分析など新しいスタイルの質的方法の提案や、それを用いた具体的な研究成果が登場したことで、方法論の再検討に直面していることによる。それらがチャレンジしているのは、戦後約20年が経過した、1960年前後に確立された家族研究の実証主義的な科学的方法論だからである。つまり、これまでの実証主義的な家族研究がポスト実証主義的な家族研究のチャレンジを受けているのが家族社会学研究の現状であり、それはいまもっともホットな話題のひとつであるといえる2。本稿の目的は、こうした長きにわたって支配的であった実証主義的な家族研究がいかにして成立したのかを検討することにある。この課題は、直接的には、それが成立した戦後20年間の家族研究にわれわれを誘うが、それと同時に、家族研究と社会調査の方法論の戦前と戦後の連続性と非連続性の問題、さらにはアメリカの社会学と社会調査法の影響など、重層的な視角からの検討をわれわれに要請するものである。
本稿では、まず戦前の家族研究を概括的に整理し、つぎに戦後に通常科学化した家族社会学研究の概要を提示し、最後に戦後に定位された家族社会学研究を戦前の家族研究と対比し、その関連性を検討するという構成をとる。
わが国の家族研究は戦前からの長い歴史があり、早くから優れた実証的な調査研究が蓄積されてきた研究領域のひとつである。しかし、それは社会学に限定されない多様な専門領域からする未分化でそのため結果的に学際的な性格を備えた家族研究であったところに特徴があり、戦後になるとそれらが各専門領域に個別化し専門分化していくことになる。これが戦前から戦後への家族研究の基本的な流れであるといえる。本章では、戦前のそうした多様な家族研究を分類整理し、それとの比較で、戦後の家族研究に対していかなる課題が要請されていたのかを確認しておこう。
ここで取り上げるのは、戦後の最初期に、こうした点についてもっとも明示的に系統立った検討を行っている小山隆の論考[小山,1948]である。戦後の家族社会学の通常科学化にあたって、その中心的役割を担ったのは小山であった。したがって、この小山自身が戦前の家族研究の総括と戦後の家族研究の展望を、戦後いち早く試みていることは、その立場からして当然のこととみることができる。小山の総括には、戦前の家族研究および社会調査法への批判的検討も含まれているので、小山が戦後の家族社会学を戦前のそれとどのように差別化して構想したのかをそこから読み取ることが可能である。
小山は、家族の本質や構造や機能を科学的に究明しようとした戦前の研究を、史学的研究、民俗学的努力、社会学者による研究の3つに大別して概観的に総括している。史学的研究については、三浦周行、中田薫、穂積陳重、穂積重遠の諸研究や、中山太郎、高群逸枝らの社会科学等の立場から行われた母権および母系制の研究があげられている。つぎに民俗学的研究としては、柳田国男の研究が、家族をめぐる言葉を手がかりとしたものとして『族制語彙』などが、また共同調査による成果として山村調査と海村調査の報告書等があげられており、柳田以外のものとしては、大間知篤三、橋浦泰雄、瀬川清子らの研究が列挙されている。
これらに続いて、小山のここでの中心的課題である社会学者による家族研究が多岐にわたって分類されている。まず、その冒頭では有賀長雄の『族制進化論』があげられ、社会学者による家族研究の先駆的なものではあるが、外国文献による一般家族論の援用であり、日本家族の実態を歴史的現実的に追求するものではなかったと批判される。そして、それとの対比で、戸田貞三の『家族構成』[戸田,1937]に代表される家族研究が、日本家族の実態の解明に最初に取り組み、現代家族を中心とする分析が、方法論的にも内容的にも新たな分野を開拓し、もっとも大きな意義をもつものとして位置づけられている。その意義は、方法論としては統計的方法による大量観察を中心として、さらに心理的内観法と歴史的個別的調査が併用されていることであり、内容的には日本の家族制度が親子中心の家族制度であることを明らかにするとともに、現実の家族の構成、形態、機能を解明することが意図されていることである。そして、社会学者によるその他の家族研究は、この戸田の研究によって、方法的にも内容的にも影響を受けて、それぞれ特色ある研究成果を生み出しつつあるとされる。方法としては、歴史的、統計的、モノグラフ的方法など多様な方法が用いられていることが指摘されている。内容的には、まず喜多野清一、及川宏、有賀喜左衛門らの「同族の分析」、小山自身と有賀喜左衛門の「大家族の問題」が比較的詳しく説明されている。つづいて、「婚姻に関する問題」「親子関係」、「分家慣行」「家族人口の問題」として、それぞれの代表的な研究成果が簡潔に列挙され、さらに単独で鈴木栄太郎の研究が、農村社会学の立?から農村における家族の問題を扱ったものとして、とくに農村家族の浮沈の周期的律動が独創的な見解だとして紹介されている。そして最後に「東洋の諸民族に関する研究」として台湾の岡田謙、朝鮮の秋葉隆、鈴木栄太郎、中国の清水盛光、牧野巽らの研究があげられている3。
これらが、小山が分類整理した戦前の家族研究の多様なレパートリーである。小山は戦前の家族研究の問題点を、それが観念的、主観的、目的論的であったことだとし、それにかわって戦後の家族研究が、歴史的・社会的事実としての家族を客観的・科学的に究明する実証的な家族研究でなければならないと主張している。そして、それを実現するための具体的な提案をいくつか行っているが、そのいずれもが社会調査の方法論や具体的な技法としての方法の問題と関連づけて言及されている。
第1には、家族構成員の態度に関する社会心理学的な追求をする必要があるという提案である。この点については、最近の社会調査が社会構成員の心的態度の分析によって新たな視野を開拓していることを、従来の制度的研究や道徳的研究から離脱し、家族を構成する個々の家族成員のプライベートな態度や意識をも分析の対象とし始めているアメリカの家族調査の例や、日本においてそれらを研究テーマに含む戦前の数少ない先行研究例としてトーマス・エルザ・ジョンズ(Thomas Elsa Johns)の山村研究4とサーストン法を用いた太平洋問題調査会の家族調査をあげ、こうした分析がさらに組織的な企画のもとに行われることが日本家族の科学的解明のためのもっとも重要な一面であると指摘している。この点に関しては、さらにアメリカ家族社会学の調査の方法技術の発達に関して「家庭に於ける個性の形成や、婚姻、離婚等の諸問題に関して、周到な統計学的、社会心理学的、精神分析学的検討が加えられつつある事は十分注目されなければならない」[小山,1948: 75]とする指摘が注目される。個々の家族成員の家族に対する態度を、アメリカ家族社会学に学んで統計学的、社会心理学的、精神分析学的に分析をすることの重要性が提案されているのである。
第2には、家族の調査は常に動態的調査でなければならないという提案である。戦前の家族研究を、その多くは伝統的家族の特徴をとらえることに関心を限定し、家族変動という動態面への関心が不十分であったと総括し、現実の社会への志向において動態的に把握されてこそ初めて、それが単なる歴史研究ではなく現実科学としての社会学になると指摘している。ここで想定されているのは、民法改正をめぐる現実社会の動きである。新憲法の精神にもとづいて新しい家族の傾向を促進しようとする民法改正案に対して、都市と農村において家族がどのような時代的前後関係にあるか、どのように急激なあるいは緩慢な変化を示しつつあるのかを明確に分析するとともに、こうした新たな法的規定の急転換によって具体的な家族関係や家族機能がいかに変化していくかを仔細に観察することが必要であると指摘されている。現実社会の変動に家族がどのように対応して変化するのかを、家族関係や家族機能に関するデータから分析していくことの必要性が主張されているのである。
第3には、社会調査の方法の水準をさらに一層向上させる必要があるという提案である.... →続きを読む(頒布案内)