社会科学基礎論研究会年報社会科学基礎論研究第4号
特集論文●現代社会と〈宗教〉の鏡

宗教社会学者は現代社会をどのように分析するのか?──社会学における宗教研究の歴史と現状──

大谷栄一
はじめに
1.問い直される「宗教」と宗教社会学
(1) 宗教概念批判論をめぐって
(2) マクロな分析枠組みの不在
2.『リーディングス日本の社会学19 宗教』の内容と特徴
(1) 「日本の宗教現象」への社会学的視点
(2) 日本の宗教社会学の研究領域
3.1900 年代から1980 年代半ばまでの研究領域の推移
(1) 「家・家族と宗教」「地域社会と宗教」の研究(1900 〜 50 年代)
(2) 「宗教と社会変動」と「教団組織と宗教運動」の研究へ(1960 年代〜 80年代半ば)
(3) 世俗化問題と「近代化と宗教」の研究
4.1980 年代半ば以降の研究動向
(1) 「個人化と宗教」の研究
(2) 「グローバル化と宗教」の研究
5.まとめにかえて
(1) 宗教概念と当事者性
(2) マクロな分析枠組み
(3) 現代社会論としての宗教社会学
キーワード:
宗教社会学、宗教研究史、現代社会論、宗教概念批判論、世俗化論、個人化、グローバル化、社会問題化
書誌情報:
『年報社会科学基礎論研究』第4号(2005)、ハーベスト社、pp.076-093

はじめに

 近年、「新・宗教研究の課題と展望」(「宗教と社会」学会第9回学術大会ワークショップ、2001年)、「関西発の新・宗教研究」(同第10 回学術大会ワークショップ、2002年)、「宗教社会学の再生に向けて」(第75 回日本社会学会大会テーマセッション、2002年)の開催に見られるように、日本の宗教社会学者たちの間では宗教社会学という学的営為を問い直し、再構築しようとする動向が活発化している1。例えば、「宗教社会学の再生に向けて」のテーマセッションの趣旨文には、「近頃の宗教社会学は元気がない。古典期の社会学者は、宗教を通して社会の形成、変動を理論的に考察し、同時代の社会理論に貢献した。現代の宗教社会学は……制度化された宗教に特化しすぎ、現代社会を俯瞰する視座を切り開くような研究が少ない」と記されている2。周知の通り、(宗教)社会学の礎を築いた M. ヴェーバーと É. デュルケムの学的業績においてはプロテスタンティズムやカトリック教会といったキリスト教の分析が重要な位置を占めており、彼らの学的営為の一端は、宗教という鏡を通じての現代社会論というべき性格を持っていた。宗教は社会秩序の成り立ちや変動を分析するための重要な対象だったのである[cf. 大村,1996]

 (後述するように)1900年前後に日本の宗教研究が学的・制度的に確立してから100数年経った現在、宗教社会学者は、どのように「現代社会を俯瞰する視座」を提供し、「同時代の社会理論」に貢献できるのか、そのことを考えてみたい。その際、この100数年の日本宗教社会学史を振り返り、この学的領域が宗教や社会をどのように分析し、どのような現代社会論を提示してきたのかを明らかにすることを通じて、宗教社会学という学的営為を問い直し、その現代的な課題と今後の展望を詳らかにして、現代社会を分析するための方途を提示したいと思う。

 すでに私は、20世紀日本の宗教研究史に関する研究[大谷,2000; 2004]を公表しているが、今回は、1986年に刊行された宮家準・孝本貢・西山茂編『リーディングス日本の社会学19 宗教』([宮家・孝本・西山編,1986]、以下、『リーディングス』と略)に注目する3。これは、現在までのところ、日本の宗教社会学唯一のリーディングスであり、1986年1月時点での宗教社会学の到達点が提示されているテキストである。このテキストの読解を通じて、日本の宗教社会学の歴史と特徴を摘出し、さらに『リーディングス』では言及されていない戦前の研究動向と、『リーディングス』刊行後の研究動向を整理することで、上記の課題に応えたいと思う。

1.問い直される「宗教」と宗教社会学

(1)  宗教概念批判論をめぐって

 そもそも宗教社会学とはどのような学的領域なのだろうか。社会学の立場からすれば、社会学のサブカテゴリーであり、いわゆる連字符社会学の一領域である。ここで、「宗教社会学」の定義を確認しておこう。本稿では、『リーディングス』「序論」の「概説 日本の社会学 宗教」(宮家準執筆)4 における以下の定義に従う。

宗教社会学は宗教現象を社会学的に研究する学問であるが、特に宗教集団や宗教と社会との関係を研究対象としている。[宮家,1986a: 4]

 なお、『リーディングス』では、「宗教の本質を解明することを目ざす宗教学の立場にたつ 宗 教 社会学」と「宗教の場における社会関係に注目する社会学の視点にたつ宗教 社 会 学」を区別しており、後者の立場に立つ論文を掲載したと 述べられている(「はしがき」[宮家・孝本・西山編,1986: iii]5

 この定義をめぐって、現代の宗教研究が抱える2つのアポリアが浮上する。「宗教」概念の相対化と「宗教と社会」に関するマクロな分析枠組みの不在という問題である。これらのアポリアに対して対応しきれていない点が、今現在、日本宗教社会学が停滞している原因の一端であると私は考える。

 『リーディングス』で言及されている「宗教の本質」や「宗教の場」と言った場合の「宗教」とは何を意味するのか。この問いは「宗教とは何か」という宗教研究における伝統的な問いに回収される問題ではなく、宗教概念自体の来歴と形成を問い直す問題として、近年の欧米と日本の宗教研究で話題となっている。それは、「われわれの用いている宗教religion という概念は、近代西洋において構築(構成)された概念であり、非西洋世界にさまざまな葛藤をもたらしたものである」[堀江,2004: 22]と整理される「宗教概念批判論」[ibid.]という問題系である。すなわち、「宗教」概念は所与の実体概念ではなく、近代の西洋世界の中でキリスト教(とくにプロテスタンティズム)を規準として構築された記述概念であることが欧米の研究者たちによって指摘されており、「宗教」概念の普遍性を説く本質主義的な研究立場に対して、その被構築的な特殊性を強調する構築主義的な研究立場からのクレイムは、これまで自明とされてきた「宗教」概念の相対化をもたらしつつある6

 磯前順一によれば、日本語の「宗教」は religion の訳語だが、もともとは漢訳仏典の造語であり、明治10年代以降に普及し、定着した近代的な認識様式の所産である[磯前,2003: 29-38]。日本語の「宗教」概念にもプロテスタンティズム的な、概念化された信念体系を保持した制度宗教という含意があり、教団や寺院、神社、教会のような公式組織としての制度を基盤とする社会現象というイメージがある。しかし、近年の日本社会の一部で話題となっているスピリチュアリティspiritualityなどの非制度的な現象を、従来の「宗教」概念で把捉できるかどうかという問題が生じることになる。

 こうした「宗教」概念の相対化という問題は、当然のことながら、「宗教の本質」や「宗教の場」を研究対象とする(とされた)宗教社会学の存立も問い直すことになる。→続きを読む(頒布案内)

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  1. 本稿は、2004年7月24 日に大正大学で開催された社会科学基礎論研究会主催のシンポジウム「現代社会の鏡としての〈宗教〉」での報告原稿「社会学の中の宗教研究」を大幅に加筆修正したものである。[→戻る
  2. 『日本社会学会ニュース』No.175、日本社会学会、2002年4 月24 日発行、5 頁。執筆者はコーディネーターの櫻井義秀氏である。[→戻る
  3. 日本の宗教社会学史については、[森岡,1967][山中・林,1995][西山,2000][寺田,2000][宮家,2002]の?部第3章の先行研究がある。本稿ではこれらの研究を随時参照した。[→戻る
  4. 宮家氏に直接、本論(本書)成立の経緯を伺うことができ、本論が「編者3名の編集会議の議論をもとに宮家が執筆した」[宮家・孝本・西山編,1986: 21]ものであることをご教示いただいた。記して感謝申し上げる。また、宮家氏をご紹介いただいた西山氏にもあわせて感謝申し上げる。[→戻る
  5. 山中弘と林淳は、「日本の宗教社会学の展開に宗教学者が介在している事実」[山中・林,1995: 67]を指摘している。しかし、本稿では『リーディングス』の方針と同様、社会学的な立場にもとづく宗教社会学を議論の主たる対象とする。[→戻る
  6. この「宗教」概念や「宗教学」の成立をめぐる問題は、欧米の宗教研究者の間で1990年前後から議論が本格化した[磯前,2003: 2]。日本においては、[磯前,2003][池上他編,2003][島薗・鶴岡編,2004]などの成果が公表されており、宗教学者を中心に議論されている。この宗教概念批判論の研究動向については、[磯前,2003]の序章、[深澤,2003; 2004][堀江,2004]に詳しい。[→戻る

文献

阿部美哉
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1986a 「第4部 教団組織と宗教運動 解説」→[宮家・孝本・西山編, 1986], 161-163.
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1994 『近代化と宗教』 世界思想社.
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1996 「overview 宗教社会学の現状と課題」,井上俊・上野千鶴子・大澤真幸・見田宗介・吉見俊哉編 『岩波講座 現代社会学7〈聖なるもの/呪われたもの〉の社会学』 岩波書店 179-201.
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1998 「理解の原点」,西原和久・張江洋直・井出裕久・佐野正彦編 『現象学的社会学は何を問うのか』 勁草書房 71-108.
寺田喜朗
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2004 「宗教社会学の歴史観」,池上良正他・小田淑子・島薗進・末木文美士・関一敏・鶴岡賀雄編 『岩波講座 宗教3 宗教史の可能性』 岩波書店 107-129.
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安丸良夫
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弓山達也
2002 「現代宗教研究の明暗」,南山宗教文化研究所編 『宗教と社会問題の〈あいだ〉』 青弓社 166-179.
渡辺雅子
2001 『ブラジル日系新宗教の展開』 東信堂.
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