昨今の厳しい出版事情の中でも、日本の宗教社会学者たちによる長年の調査研究の成果は、着実に刊行されている[孝本,2001; 渡辺,2001; 飯田,2002他]。本稿で評者は、それら実証的研究がつねに参照すべき、宗教社会学の調査・研究に関わる方法の問題を、今から20年も前に、いち早く問うていたブライアン・R・ウィルソン(B. R. Wilson)の訳書を取り上げることにした。著者ブライアン・R・ウィルソンは、1926年イギリスに生まれ、セクト論や世俗化論などで高名である。オックスフォード大学教授を長く勤め、国際宗教社会学会会長(1971-75年)も務めた。現在では終身名誉会長であり、来日して講演したこともある。
訳書刊行は2002年だが、原著自体はすでに1982年に刊行されている。本書第1章の論文は、『東洋学術研究』誌で特集され、森岡清美や柳川啓一など、当時の宗教社会学・宗教学界の中心人物たちが、活発に議論を展開していた。
著者の主張の基本は、発表後20年を経ても、宗教社会学の調査・研究という観点からすれば一読の必要ありと、評者は考えている。「書評論文」である本稿で評者は、「書評」より「論文」の方に重きを置くことにする。まず、本書全体の概要を示した後、本書全体の議論の基礎にある調査・研究という観点からみて、評者が本書でとくに重要だと考える第1章「科学としての宗教社会学」を要約し、その後、現代の実態を含めて考察しよう。
本書は次の6章構成である。
第1章 科学としての宗教社会学
第2章 現代社会における宗教の機能
第3章 文化と宗教−東洋と西洋
第4章 セクトの社会学
第5章 新宗教運動−類似と相似
第6章 世俗化とその不満
もともと日本での講演が下地となったため、著者は東洋の宗教にしばしば言及しており、西洋と東洋の宗教比較が、本書の特徴の1つと言えよう。とくに第3章ではキリスト教と仏教を中心に取り上げつつ、他の宗教も含めた西洋と東洋の文化・社会について、詳しく考察されている。また、他章でも、M.ウェーバーや E.トレルチなどに始まる「チャーチ=セクト」論など類型論には、「文化的に拘束された特徴が含まれている」ので[118]、ヒンドゥー教やイスラム教などの分析に適切とは言えないと、概念の意義と限界を示し、新宗教においては日本の創価学会にも言及した議論を展開している。
また、著者の研究で重要な位置を占めている世俗化論は本書の1つの柱でもある→続きを読む(頒布案内)