社会科学基礎論研究会年報社会科学基礎論研究第1号
書評論文

ルーマン知識社会学研究の新展開

菅原謙
高橋徹(2002)『意味の歴史社会学──ルーマンの近代ゼマンティク論──』世界思想社
書評対象書
高橋徹(2002)『意味の歴史社会学──ルーマンの近代ゼマンティク論──』(SEKAISHISO SEMINAR)
世界思想社、vii + 244、四六判、1800 円+税
キーワード:
ルーマン 歴史社会学 知識社会学 社会構造 ゼマンティク 社会理論 情熱としての愛 自己言及 近代
書誌情報:
『年報社会科学基礎論研究』第1号(2002)、ハーベスト社、pp.182-187




 本書は若手ルーマン研究家による珠玉の一冊であるといってよい。これまでのルーマン研究は、どちらかといえば彼の理論的側面を主題的に取り上げるものが多かったが、本書はルーマンの歴史社会学もしくは知識社会学の研究を忠実に再現し解説するものである。その素材として『社会構造とゼマンティク』(全4巻)および『情熱としての愛』が集中的に取り上げられている。これら5つの著作がいずれも未邦訳であることを考えるならば、それら著作の紹介という一点のみを取り上げたとしても──いうまでもなく本書はそれに尽きるものではないが──、その情報価値は疑うべくもない。しかも、これら著作は、歴史に定位するものであることから、本文中にギリシャ語やラテン語、フランス語が登場することも多く、それを丹念に読み込む作業の労苦は想像に難くない。筆者の堅実な研究姿勢の証左といえる。さらにいえば、これら著作のなかでルーマンが取り扱っている歴史資料は、ほとんどが文献資料ではあるけれども、日本において容易に入手できるものばかりではあるまい。したがって、ルーマンの解説を深く理解するうえで、また、その主張の是非を検証するうえで、それら文献資料へのアクセスの問題もあった?とかと思う。その点を煩わしく思うことなく、果敢にルーマンのこの分野の研究に乗り出されたことの気概も賞賛に値しよう。もちろん、ルーマンの歴史社会学もしくは知識社会学の研究は単なる史実の後追いではない。彼の相当に込み入った理論研究とのコラボレーションでもある。そのため、彼の理論研究にも精通していなければならない。ルーマンの『社会システム理論』の訳者の1人に名を連ねる筆者であれば、その点も抜かりない。われわれは本書の随所に、ルーマンの理論研究との接合が図られていることを知ることができる。また、「序章」および「第1章」においては先行研究への言及も行なわれており、ルーマンの当分野での研究と本書とを大きな文脈のなかで理解することができるような配慮がなされている。そのなかで筆者は「これまでの先行研究を振り返ってみると、筆者のみるかぎり、本書のようにルーマンの理論研究とゼマンティク研究の関連に注目し、彼のゼマンティク研究の方法と内実を明らかにした仕事は見られない」[ 同書14 頁]と論じているが、おそらくこれは掛け値なしにそうであろう。かくしてわれわれは世界的に見ても稀有な研究を日本語で読める幸せに遭遇していることになる。
 最後に、本書の特筆すべき点をもう2点ほど取り上げることしよう。1つは、これも筆者の堅実さの証左となるであろうが、ルーマン解説と自らの解釈を展開する箇所とを截然と区別していることである。たとえば、シュテヘリがルーマン研究とカルチュラル・スタディーズとの接合を図っていることを受けて、本書の筆者がこの点に関して自説を披露するときに、それを「補論」として別立てで論じている。このことが特長となり得る背景には、ルーマン理論の難解さゆえに、どうしても解説のなかにテクストに対して外在的な解釈や知見が混入せざるを得ない、という事情がある。そのため、類書のなかには、そして、私自身が大いに反省すべきことではあるけれども、その解釈がルーマン自身の主張を過不足なく代弁しているものかどうかを判定するのに苦慮するものがないとはいえない。その点、本書は先の区別立てによって、ルーマン解説と自説の展開とを明確に分離しているために、われわれはルーマンの等身大の主張を知ることができる。そして、なによりも、平明な文体と無理のない論旨・論理の展開が本書の価値を高めていることは間違いない。
 以上が本書を通読しての印象である。つぎには、本書の紹介も兼ねて、個々の論点を思いつくままに取り上げて論評を加えることにしよう。→続きを読む(頒布案内)

引用文献

河本英夫
2000 『オートポイエーシスの拡張』 青土社.
Luhmann, N.
1980 Gesellschaftsstruktur und Semantik, Bd. 1,Suhrkamp.
1987 Soziologische Aufkläung 4, Westdeutscher Verlag.
1991 Soziologische Aufkläung 3, 2.Auflage, Westdeutscher Verlag.
↑頁先頭←第1号目次→執筆者紹介→続きを読む(頒布案内)
↑頁先頭社会科学基礎論研究会ホーム『年報 社会科学基礎論』ホームこのサイトについて『年報』頒布のご案内