社会科学基礎論研究会年報社会科学基礎論研究第4号
書評論文

社会調査における〈信憑構造〉とその揺らぎ

武井順介
ホルスタイン+グブリウム(2004)『アクティヴ・インタビュー』
書評対象書
好井裕明・三浦耕吉郎編(2004)『社会学的フィールドワーク』
世界思想社、252 + xv 頁、四六判、1900 円+税
ジェイムズ・ホルスタイン+ジェイバー・グブリウム(2004)『アクティヴ・インタビュー──相互行為としての社会調査』(山田富秋・兼子一・倉石一郎・矢原隆行訳)
せりか書房、213 頁、四六判、2000 円+税(原著The Active Interview, Sage Publications,1995)
キーワード:
社会調査、信憑構造、質的調査、調査者、被調査者、インタビュー、社会調査士、ピーター・バーガー、福武直
書誌情報:
『年報社会科学基礎論研究』第4号(2005)、ハーベスト社、pp.191-197
かくして世界がそれぞれ、個々の人間存在にとって真実である世界として存在し続けるためには、ひとつの社会的〈基盤〉を要するのである。この〈基盤〉は世界がもつ信憑構造(plausibility structure)と呼ぶことができよう。[Berger, 1967 = 1979: 68]

はじめに

 近年、社会調査の領域では目まぐるしい変化が起こっている。いくつか挙げてみよう。
 2001年、第74回日本社会学会大会(一橋大学・2001年11月24日・25日)では「社会調査の困難をめぐって」と題するシンポジウムが開催され、その議論を踏まえた形で、『社会学評論』にて「特集・社会調査─その困難をこえて」が組まれた(日本社会学会編『社会学評論』202)。そこでは調査者と対象者の関係性や市民意識調査の実態と可能性、調査倫理、調査被害、科学としての社会調査などが、現在の社会調査が直面している困難として様々な視角から議論されている。
 2003年11月には、社会調査の重要性が高まる中、その担い手を育成する当たっては、「社会調査倫理綱領」が宣言され、資格認定に必要な標準カリキュラムが定められた。現在、社会調査士の資格認定校も全国に69 校あり、社会調査士167 名、専門調査士301 名が資格認定者として輩出されている(社会調査士資格認定機構ホームページ http://wwwsoc.nii.ac.jp/jcbsr/ 2004 年12 月23 日アクセス)。この資格化の動きは、今まで大学や研究者に任されていた社会調査の方法や倫理を組織的に整備し、社会調査の質的な〈改善〉と水準の〈向上〉を目指しているとされ、その結果、社会調査の社会的評価を向上させようとする作用も期待されている。
 さらに21 世紀COEプログラムでは、関西学院大学が「人類の幸福への貢献」をキーワードにし、「人類の幸福に資する社会調査」を目指すべく社会調査の可能性の模索を始めており、調査手法の開発、データアーカイブの構築、社会調査にかかわる人材育成システムの確立などを行なっている(関西学院大学21 世紀COE プログラムホームページ http://coe.kgu-jp.com/ 2004 年12 月23 日アクセス)。このプログラムでは、われわれがいままで取り込むことに邁進し、現在支配的な欧米の社会調査観のパラダイム・チェンジをし、日本、そしてアジアの文化的特長を反映した方法論や調査手法の構築を目指しているとされている。
 これらは、内実や方向性をまったく同じくする変化ではない。しかし他方で、これらの変化が、われわれが社会調査で自明視していたことの揺らぎをともなうことは間違いないだろう。
 このような近年の社会調査に関する動向の中で出版された『社会学的フィールドワーク』(以下、『フィールド』と略記)と『アクティヴ・インタビュー』(以下、『インタビュー』と略記)は、社会調査、特に質的調査の領域では無視することができない研究成果だろう。それと同時に、『フィールド』『インタビュー』からは、前述の社会調査に関する動向からも垣間見ることができる、われわれが自明のこととして共有していた〈客観性〉や〈有用性〉などに基づく社会調査観の揺らぎ、つまり社会調査の〈信憑構造〉の揺らぎがみえてくる。そこで本稿では『フィールド』と『インタビュー』を手掛かりとして、社会調査における〈信憑構造〉の一端とその揺らぎについて検討したい。

1.『フィールド』にみる調査者と対象者のせめぎあい

 本書の特徴は「はじめに」で記されているように、「社会学におけるフィールドワークのありよう」[viii] が執筆者たちの調査の経験から語られているところにある。さらにその中核には、調査行為に内包されている調査者と対象者のせめぎあい─調査者が対象者に及ぼす影響と対象者(あるいは現場)が調査者に及ぼす影響─まで描写するという特徴も含まれている。
 この2つの特徴にもとづき、執筆者たちは各々のフィールドから問題を立ち上げている。好井裕明は第I部第1章「「調査するわたし」というテーマ」において、データの一般性、普遍性をどこかで確保するため、さらに、恣意的に作成したデータではないことを保証するために[3-4]、「調査するわたし」を排除しようとしていることを問題視し、「わたし」は決して透明な存在にはなりえないと指摘する。町村敬志は第2章「行きずりの都市フィールドワーカーのために」において、対象に対する知識が欠如したまま、調査を行なおうとする「行きずりのフィールドワーカー」[36] の可能性について模索し、さらに他の章と趣が異なるが、玉野和志は第3章「魅力あるモノグラフを書くために」において、社会学におけるモノグラフの研究史から、「魅力あるモノグラフ」を書くためのキーワードとして「階層」という視点の必要性[89] を挙げている。→続きを読む(頒布案内)

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文献

Berger, P. L.
1967 The Sacred Canopy: Elements of a Sociological Theory of Religion, New York: Doubleday. = 1979 薗田稔訳『 聖なる天蓋』 新曜社.
Berger, P. L. & H. Kellner
1981 Sociology Reinterpreted: An Essay on Method and Vocation, Anchor Press / Doubleday. = 1987 森下伸也訳『 社会学再考』 新曜社.福武直 1984 『社会調査 補訂版』 岩波書店.
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