社会科学基礎論研究会年報社会科学基礎論研究第2号
書評論文

思考の場所としてのテクストを読むこと

角田幹夫
書評対象書
矢野久美子(2002)『ハンナ・アーレント、あるいは政治的思考の場所』
みすず書房、161頁、四六判、2200円+税
アーレント 矢野久美子 政治的思考 亡命知識人 あいだ 身ぶり アイヒマン論争 遂行性 記憶
書誌情報:
『年報社会科学基礎論研究』第2号(2003)、ハーベスト社、pp.188-193



 ハンナ・アーレント(1906-1975)研究を巡る状況は、特に1990年代以降注目すべき展開を見せている。それはたんにアーレントに対する関心が高まり、アーレントに関する業績が増大したことにとどまらない。その前提であるとともに結果でもあるのだが、これまで私たちの眼に触れることのなかった遺稿集や書簡集の公刊が相次いだ。さらに2001年6月には、米国議会図書館所蔵のアーレント遺稿類がディジタル化され、インターネット上で公開された()。日本に目を転じてみると、世紀が変わってから、それまでのアーレント紹介/導入書だけでなく、本格的な研究書或いは論攷の公刊が目立っている。本稿で取り上げる書物のほかでは、例えば伊藤洋典『ハンナ・アレントと国民国家の世紀』(木鐸社、2001)、梅木達郎『脱構築と公共性』(松籟社、2002)である。また、ヤング=ブルーエルによる浩瀚な伝記が訳出され(『ハンナ・アーレント伝』荒川幾男ほか訳、晶文社、1999)、私生活を含めたアーレントの生が明らかになった。さらに、今まで未公刊だった草稿『カール・マルクスと西欧政治思想の伝統』が、佐藤和夫を初めとする人々の尽力により、世界に先駆けて公刊されたことも注目すべきだろう(佐藤和夫編、アーレント研究会訳、大月書店、2002)

 矢野久美子『ハンナ・アーレント、あるいは政治的思考の場所』は、思想史を専攻する著者が東京外国語大学に提出した学位論文に加筆したものである。その構成は、「序論」、第一章「亡命知識人アーレント」、第二章「『政治』と《あいだ》」、第三章「アイヒマン論争と《始まり》」、第四章「『木の葉』の《身ぶり》」、「結論に代えて」となっている。

 まず、本書の題名に注目したい。「政治的思考の場所」。この「政治的思考」が何であるのかは後に言及することにするが、ここでいう「場所」とはまず、その「政治的思考」がアーレント自身によって「思考」された〈現場〉であろう。著者は冒頭で言及したヤング=ブルーエルの仕事を踏まえ、また新たに公刊された書簡や遺稿、さらには未公刊の資料も駆使して、その「場所」を明らかにしようとする。しかし、それはアーレントの生活=人生をなぞるというということではない。著者は、「わたしのめざすところは、ヤング=ブルーエルと同様の『哲学的伝記』という作業を反復したり補強したりすることではない」[5]と述べている。著者がしていることは、アーレントのテクストをそれが書かれた状況に即して読み抜くことである。曰く、「(前略)アーレントの言葉はどれも、始まりと終わりをもつ一貫したテクスチュアではなく、さまざまな襞をもつ多面体であったり、断片であったりする。また、本書はそうした言葉において浮かびあがるアーレントの思考の『身ぶり』を、なにか背後にあって現前してくるような『思想』に還元しようともしなかった」[10]

 著者は、「アーレントは一九四〇年代につちかった『政治的思考』を晩年にいたるまで維持しつづけた」[6]と述べている。アーレントが「政治的思考」を1940年代、アメリカでの亡命生活の開始の中で「つちかった」というのは、著者が「序論」の冒頭近く[2]で引用しているカール・ヤスパースへの「戦後最初の手紙」の中の「夫のおかげで政治的に考え、歴史的に見ることを学んだ」という文言でも明らかだろう。では、それはどのように生まれたのだろうか→続きを読む(頒布案内)

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